電気代の次に来る宿題、排出量データの提出にどう備えるか

はじめに
前回の記事では、再エネ賦課金の値上げや燃料費調整額の上昇、託送料金の改定が重なる2026年後半の電気代高騰について、富山の中小企業がまず着手すべき省エネの順序を整理した。
電気代というコストの宿題は、多くの経営者にとってすでに実感のある話だろう。
一方で、2026年に入ってから静かに動き始めている、もう一つの宿題がある。
自社のCO2排出量を数値で把握し、求められたときに答えられる状態にしておくという宿題である。
この宿題を突きつけてくるのは、国でも県でもない。
多くの場合、それは自社の取引先になる。
背景にあるのは、2026年4月から本格稼働した排出量取引制度、通称「GX-ETS」の存在である。
電気代の宿題は、請求書という形で毎月自動的に届く。
だからこそ経営者の目に留まりやすい。
これに対して、排出量データという宿題は、届くかどうかも、いつ届くかも、取引先次第という性質を持つ。
届いてから慌てて対応するのと、あらかじめ数字を用意しておくのとでは、必要になる労力に大きな差が出る。
本稿では、DXアドバイザーとエネルギー管理士という二つの視点から、GX-ETSという制度の射程と、それが富山の中小企業にどう波及しうるかを整理し、今から手をつけておける準備を示す。
GX-ETSの対象になるのは、ごく一部の大規模事業者である
まず押さえておきたいのは、GX-ETSが誰を対象にした制度なのかという点である。
GX-ETS(排出量取引制度)は、CO2の直接排出量が直近3年度平均で10万トンを超える事業者を対象に、2026年4月1日から本格稼働した1。
対象となる事業者は全国で300から400社程度にとどまる。
それでも、その排出量の合計は国内排出量の約6割を占めるとされている1。
企業の数ではなく、排出量の大きさで狙いを絞り込んだ制度設計である。
判定に3年度平均を用いているのは、単年度の生産量の増減や一時的な特殊要因で対象企業の判定がぶれないようにするためだと読み取れる。
生産を一時的に拡大した年が一度あっただけで対象になったり外れたりする事態を避け、継続的に大量排出している事業者を狙い撃ちする設計だと言える。
対象となった事業者には、二つの提出義務が課される。
一つは、2023年度から2025年度までの3年度平均排出量をもとにした「制度対象である旨の届出」。
もう一つは、前年度のCO2排出量、2030年度の削減目標、設備投資計画、研究開発投資、カーボンニュートラル戦略という五つの項目をまとめた「移行計画」の提出である2。
この二つの提出期限は2026年9月30日、つまり本稿を書いている時点でほぼ今週に迫っている2。
経済産業省が公表しているリーフレットのタイトルには「全事業者向け」という言葉が使われている。
これを見て「うちも対象なのか」と身構えた経営者がいても不思議はない。
だが実際に読むと、そこで言う「全事業者」の義務とは、自社が対象に該当するかどうかを判定する義務のことを指している。
実際の届出や移行計画の提出義務を負うのは、先に述べた大規模排出事業者だけである2。
富山県内の中小企業の大半にとって、この届出義務自体は自社の話ではない。
それでも無関係とは言い切れない理由
対象企業がごく少数だとわかったところで、では富山の中小企業には関係がないのかというと、そう単純ではない。
理由は、GX-ETSの対象企業の多くが、サプライチェーンの川上に位置する大企業だという点にある。
大規模排出事業者は、自社の排出量を管理するだけでは済まない。
部品や資材の調達先、外注先といった取引先の排出量も含めた「サプライチェーン排出量」の把握を求められる場面が増えているためである3。
背景の一つが、プライム上場企業を対象に2027年3月期から段階的に義務化される、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)が策定するサステナビリティ開示基準の存在である3。
開示義務を負う大企業からすれば、自社の排出量だけを整えても、取引先の排出量が不明では開示の網羅性を担保できない。
この網羅性の問題を理解するには、国際的な会計慣行である「GHG Protocol」の排出量区分を押さえておくと見通しがよくなる。
同じ枠組みでは、CO2排出量をScope1(自社の設備による直接排出)、Scope2(購入した電力・熱の使用に伴う間接排出)、Scope3(原材料の調達から製品の廃棄までに発生する、自社の外側での間接排出)の三つに分けて捉える。
取引先である中小企業の排出量の多くは、発注元の大企業から見れば「Scope3」に含まれる。
大企業が開示すべき範囲がScope1とScope2にとどまらずScope3にまで広がるほど、取引先への照会は避けられない実務になっていく。
この構造が、取引先である中小企業への照会という形で降りてくる。
実務系の解説記事でも、開示義務を負う大企業が取引先中小企業に対してCO2排出データの提出や省エネ状況の報告を求める動きが強まっていると指摘されている3。
富山県内の中小企業のなかにも、取引先の川上にGX-ETSの対象企業やSSBJの開示対象企業を持つ事業者は少なくないはずである。
その場合、直接の届出義務こそ負わない。
だが、ある日突然、取引先の担当者から「御社のCO2排出量のデータをいただけますか」という依頼が届く可能性は、制度の外側にいる企業にとっても現実的な話になりつつある。
省エネ法改正も、同じ構造を持つ
似た構造を持つ制度変更が、もう一つ2026年度から動き出している。
省エネ法の改正により、2026年度から原油換算で1,500キロリットル以上のエネルギーを使用する「特定事業者」に対し、屋根置き太陽光の導入方針の策定と、その進捗報告が義務化された4。
対象となる特定事業者は全国で約1万2,000社とされている。
太陽光を設置しなかったこと自体への罰則は設けられていない。
ただし、虚偽の報告には罰則が科される4。
この対象規模も、富山の中小企業の大半には直接届かない水準である。
屋根置き太陽光の導入は、特定事業者から見れば、購入電力に伴う排出、つまり自社の「Scope2」排出量を削減する手段の一つになる。
もっとも、Scope2の削減だけでは開示の網羅性は完成しない。
取引先を含めたScope3排出量の把握が同時に求められるようになれば、GX-ETSの文脈と同じ理屈で、川下の中小企業への照会が増える理由になる。
とはいえ、GX-ETSと同じ構図で考えれば、特定事業者に該当する大企業が、自社の脱炭素の取り組みを説明する材料として、取引先の省エネ状況について照会をかけてくる余地は十分にある。
規模の大きい制度がまず大企業を対象に動き、その余波が取引先である中小企業に及ぶ。
この流れは、GX-ETSに限った話ではなく、2026年度の一連の制度改正に共通する動きとして見ておいたほうがよい。
届く前に、答えられる状態を作っておく
ここまでの内容を整理すると、富山の中小企業にとっての宿題は「制度への届出」ではないとわかる。
「取引先からの照会にいつでも答えられる状態を用意しておくこと」である。
問題は、この照会がいつ、どの取引先から届くか、現時点では予測できない点にある。
だからこそ、照会が届いてから慌てて集計するのではなく、日常の業務のなかで自然に数字が残る仕組みを、今のうちに作っておく価値がある。
DXアドバイザーの立場から具体的に勧めたいのは、月次の電力使用量を記録する習慣を、まず社内で確立することである。
多くの中小企業では、電力使用量は検針票や請求書の数字として届くだけで、月ごとに集計されないまま放置されている。
これをExcelの表に月次で転記するだけでも、CO2排出量の計算に使える最低限のデータにはなる。
すでにクラウド会計ソフトを導入している企業であれば、経費として計上している電気料金の明細から使用量を拾い、同じ管理画面で推移を追える形にしておくと、後から取引先への提出を求められた際の手戻りが少ない。
前回の記事で触れた省エネ最適化診断やエネルギーマネジメントシステムは、本来は電気代の削減を目的とした施策である。
だがその副産物として、月次の使用量データが自動的に蓄積される。
電気代の宿題に取り組む過程が、そのままデータ管理の宿題への備えにもなる。
この二つの宿題は独立した別物ではなく、一つの取り組みの両面と捉えたほうが実態に近い。
数字を残す手段は、必ずしも専用のシステムである必要はない。
検針票をスマートフォンで撮影し、月ごとのフォルダに保存しておくだけでも、後から数値を拾い直せる状態は作れる。
もう一段進めるなら、電力量を自動で記録するIoT型の電力計測機器や、請求書の数字を自動で読み取るOCR機能付きの経費管理ツールを使えば、月次の転記作業そのものを省ける。
どこまで手をかけるかは、取引先からの照会がどの程度の頻度で見込まれるか、社内に集計を任せられる人員がいるかによって変わる。
まずは記録を残すところから始め、必要に応じて自動化の度合いを上げていくのが現実的な順序である。
今週から始められる三つの行動
具体的に何から着手すればよいかを、三つに絞って挙げる。
- 検針票の月次記録:電力会社から届く検針票や請求書に記載されている使用量(kWh)を、月ごとに一つの表へ転記する。数か月分をまとめて記録するだけでも、後から遡って集計する手間よりずっと軽い
- 主要取引先の棚卸し:自社の売上上位の取引先が、GX-ETSの対象になりうる規模の大企業か、プライム上場企業のサプライチェーンに連なっているかを確認する。該当する取引先がいれば、照会が届く時期を早めに見積もれる
- 担当窓口の明確化:取引先から排出量データの照会が届いた際に、誰が数字をまとめて回答するのかを、あらかじめ社内で決めておく。多くの中小企業では、この種の照会は総務や経理に届くが、実際に数字を持っているのは現場側だという断絶が起きやすい
いずれも、新しい設備投資を伴わない。
始めるのに許可も予算も要らない、という点が、この三つを最初に置いた理由である。
なお、富山県の「中小企業エネルギー効率化推進補助金」は2026年度、8月31日をもって募集を終了しており、本稿執筆時点で新規に申請できる状態にはない5。
次回公募の時期は未公表のため、今すぐ補助金を頼りに設備投資へ動くことはできない。
それでも、月次の使用量を記録する取り組み自体は、補助金の有無にかかわらず今日から始められる。
富山の中小企業にとっての問い
問うべきは、GX-ETSの届出義務が自社にあるかどうかではない。
対象になる可能性はごくわずかであり、その意味では答えはすでに出ている。
本当に問うべきは、取引先から排出量データの提出を求められたとき、自社が即座に数字を示せる状態にあるかどうかである。
電気代の高騰に対応する取り組みを進めながら、その延長線上で月次のデータを残しておけば、この宿題は追加の負担ではなく、すでに進めている取り組みの延長で片づけられる。
この備えは、取引先対応にとどまらない効果も持つ。
月次で電力使用量を数値化する習慣が社内に根づけば、電気代の異常な増減にも早く気づけるようになり、前回の記事で扱った値上げ局面への対応力そのものも上がる。
排出量データの整備と電気代の管理は、別々の担当者が別々の目的で行う作業ではない。
同じ数字を土台にした一つの経営管理の営みとして扱ったほうが、労力は少なくて済む。
AZALLYでは、月次のエネルギー使用量の見える化の始め方や、取引先からのデータ提出依頼への備え方について、個別の相談を受け付けている。
この記事はAZALLYが執筆しました。
Footnotes
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「GX-ETS(排出量取引制度)」(経済産業省公式) 対象基準(直近3年度平均でCO2直接排出量10万トン超)、対象事業者数(全国300〜400社程度)、国内排出量に占めるカバー率(約6割)について。 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ets.html ↩ ↩2
-
「GX-ETS リーフレット」(経済産業省公式) 届出および移行計画の提出期限(2026年9月30日)、移行計画の記載事項5項目(前年度CO2排出量、2030年度削減目標、設備投資計画、研究開発投資、カーボンニュートラル戦略)、および「全事業者」表記が判定義務を意味し実際の届出義務は大規模排出事業者に限られる点について。 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ets__leaflet.pdf ↩ ↩2 ↩3
-
「サプライチェーン排出量とは」(NCSOL) 開示義務を負う大企業による取引先中小企業へのCO2排出データ提出・省エネ状況報告の要請が強まっている動向、およびサステナビリティ開示基準SSBJの段階的義務化(プライム上場企業は2027年3月期から)について。 https://www.ncsol.co.jp/column/c_031/ ↩ ↩2 ↩3
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「省エネ法改正の概要」(資源エネルギー庁公式) 2026年度から原油換算1,500kL以上のエネルギー使用がある特定事業者(全国約1.2万社)に対する屋根置き太陽光の導入方針策定・進捗報告の義務化、および虚偽報告への罰則について。 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/ondankashoene/shoenehoukaisei.html ↩ ↩2
-
「富山県中小企業エネルギー効率化推進補助金」(富山県公式) 2026年度募集期間(8月3日〜8月31日)がすでに終了し、次回公募の時期が未公表である点について。 https://www.pref.toyama.jp/1300/sangyou/shoukoukensetsu/shoukougyou/energy-kouritsukasuishin-hojokin.html ↩
